第8章 子育て奮闘記⑵ |
昭和57年1月23日 スキー旅行の宿で |
子供の成長は早いもので、赤ん坊から幼児へ、幼児から子供へと、どんどん成長していく。同じ年の写真でも顔つきが大きく変わってきて、仕草が、可愛らしさから、面白さへと脱皮し、子育ての面白さを実感できる。 昭和56〜57年にかけては高度成長期に入り、手動からら機械化へと、働き方が見直され、女性の社会進出が大きな曲がり角を迎えた。 少子化は国家存亡の危機であり、戦後のどさくさ期には、空前のベビーブームになって、団塊の世代なるものを作り出した。団塊の世代には、甘やかし政策が取られ、就職でも優遇された。 戦後の復興を果たしたものの、甘やかし政策がもたらしたものに学生運動があり、暴力が横行して、世論は抑止政策に目をつぶるようになった。 私の推察では、学生運動は裏で操るものがおり、暴走を煽って世論の反発を誘発させ、戦争を経験した国民がアレルギーになっていた、旧態の国家警察の復活を目論んだと見ている。 過激な行動を抑止するとの大義名分の下、甘やかし政策は影を潜め、反面、選挙対策で、団塊の世代の票を確保する為の政策が裏で取られていた。 大量の票を産みだす団塊の世代から、出産数が大きく減少した、縛り付け世代は不利益を被る仕組みが作られていく。私は、労働者が最も難しい選択を迫られる時期に、労働組合の役員になり、時代の悪意に抗い、膨大な時間を費やしてきた。 第8章では、子供たちの成長と、私の命をすらすり減らしかねない多忙な生活に、妻の内助の功によって、幸福な生活を切り開いていく姿を披歴している。 |
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6月6日 孝介幼稚園小運動会(荒川河川敷で行われた)
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7月12〜14日 那須旅行 一日目ロープウエイで茶臼岳山頂に向かう
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二日目 那須ハイランドへ行く
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三日目 りんどう湖・ファミりー牧場にて
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7月21日 熊谷うちわ祭の日
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10月11日 孝介の運動会(幼稚園近隣の小学校のグランドを借りて行われた)
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11月29日(日) 妻の妹の結婚式を終えて自宅でくつろぐ
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1月17日 佐野厄除け大師にて
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1月23〜24日 組合主催のスキー旅行
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(スキー旅行から帰って)
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3月26日 潮干狩りに向かう船上にて
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4月4日 孝介誕生会
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4月17日 武蔵丘陵森林公園にて
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5月2日 母の誕生会
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5月3日 羽田空港にて(疲れ気味?)
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5月5日 お節句
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5月30日 新車が来て
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